1993年、知的障害の少年コリンが列車にはねられ死亡。事故と思われていたが命日にコリンの墓に置かれるイラストが事件の可能性を匂わせることから再捜査へ。
ダメだよ、こういう話は。話の出来不出来に関係なく涙…
精神薄弱児と接する機会が多かっただけに深読みしすぎて…
お母さんもネイサンも、残されるコリンのことが心配でたまらない。
ネイサンの「コリンとお母さんが重荷だった」というのは嘘。
自分がコリンをひきとれるほど大人でなかったことの悔しさの方が大きい。
コリンは精神病ではなく、知能が発達しないんだから精神病院に入れたらダメだよ。
薬でおとなしくさせられたコリンを目の当たりにしたからネイサンは線路でお祈りをするコリンを止められなかった。
大好きなお母さんのことを想いながら、天国でお母さんを迎える方がいいかもしれない、そう思ったとして誰が責められよう。
お祈りを始める寸前のコリンの全てをわかっているような眼差し。
あそこでネイサンとコリンとお母さんの気持ちは完全に同じだったのではないだろうか。
でもこれは犯罪。コリンが苦しむのを知っていながらも生かしてあげなければならないのが現実。
お母さんの入所するホスピスにお掃除係りとして働ければ一番良かったのかもしれない。
コリンはお母さんの懸命の努力で人の言うことを聞けるいい子。
勝手に戸棚や冷蔵庫を開けたりしない、服装もきちんとしている。
お母さんの涙ぐましい努力が想像できてこちらも涙。
コリンのように教えられれば自分のことはなんでもできる軽度の精神遅滞の方が接し方はとても難しいと思う。
行動力もあるし身体も大きく力もある、でも知能が幼子。
幼子のむずかりが成人男性の力なわけだから。
気になるのは知能の遅れた子をからかう高校生達。
小学生ならいざ知らず、あの年頃なら気遣ってあげるか無視するかだろう。
再捜査のきっかけとなったイラストの子も、下から2番目。
この子だと勉強が出来ないくらいで片付けられちゃうのかな。
GFにちょっかいだされたと思った少年はただの乱暴ものの仕返し。
コリンの存在を認めていたからでしょ。
コリンにキスさせてあげた女の子の気持ちはお母さんやネイサンのそれと同じだったんだろうね。
この事件がコリンの行き場所を狭めることにつながるのは皮肉なもの。
エンディングでのコリンはどんな想いだったのだろう…
で、リリーとスコッティですよ。
触れないで仕事をしていた方がよかったのかな。
お互いの地雷を踏みあっちゃったぞ。
クリスは思ったほど間抜けではないみたい。
一時的に身をおいただけでアパートに越すらしい。
9年前のことと語られたリリーの婚約者、今どうしてるんだろ。
スコッティは聞きたくないだろうけれど、私は聞きたかったよ。
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COMMENT
無題
切ない話でしたよね。
ネイサンはこれからずっと心に責めを負ったまま生きていくのでしょう。許される事じゃないけど、やっぱり同情してしまいます。
ネイサンがもう少し大人だったら、なんとかなった事もあるのかもしれないけど。
同級生には、怒りを覚えました。
彼らも幼いですね。それでもにこやかなコリンに、心が痛みました。
事件の時、きっとコリンは、お母さんのためにしてあげられる事が見つかった!と、誇らしい気持ちで天に召されたのではないかなぁって思います。
無題
犯罪は犯罪なのですが、ネイサンと非難することはできないというのが正直な感想です。
あとは死の瞬間、コリンがお母さんのことだけを考えて苦痛の暇がなかたと信じたいです。
…なんていうふうに描かれていない部分を深読みしまくってしまうのです、CCは。
想像で勝手に怒ったり涙ぐんでみたり、私の中ではそういうドラマになっています。
傍から見ると絶対変な人です(苦笑)
本当は仲良しなチームワークも是非びちさんに見て欲しいです。
無題
クリスね・・・たぶん嫌がらなかったんでしょうね。嫌がっての結果だったらリリーもあそこまで妹に反応しないと思うんです。NYの男といい、弱ってるだめ男を好きになるタイプなのかな?じゃぁスコッティもダメ男?君に救われた、っていってる時点でダメ男か。実はぴったりな組み合わせかも。
無題
心のつかえが取れたことにでも救いを求めなければやり切れない、といったお話でした。
米国って障害児の通える公立の学校ってないのでしょうか。
他のドラマでも大金が懸かるっていってたのを思い出しました。
スコッティもダメ男なのかなあ…
他のドラマで見たこの俳優、極悪非道でした。
なのでスコッティはかなりの好印象なのでそうは思いたくない自分がいたりします(笑)
「Mrウイルソン」
カクテキさんこんちわ~久しぶりにCC2唸らせて頂きましたよ~ん「う~ん」
この回は素直に感情移入しちゃいました冒頭の「二人とも大事な家族なんだから」と言うシーンから何か予感がしちゃいました、ラストの過去の回想シーンの*オーバーザ・レインボー盛り上がりましたよっ!CCはこうで無ければ成りません、今回はしっかり良く出来た回で前回・前々回とは全くの別物ですねっ。
刹那的な犯罪とは違いどんどん追い詰められ逃げ場を失った結果の週末がこの様な結果で在ったと言う無常に無理も矛盾も無くストレートに「だろうなぁ~」的に受け止めて居る自分が居る、この回は正に何処の世界でも有りえる話として共感し易い題材では在りますがだからこそドラマの物語に仕立てるのが難しく、被害者意識を誇張しすぎれば「お涙頂戴」が鼻に付くし、単なる「お涙頂戴」物語でないストリーをJ・Bは見事に造りました拍手<パチパチ>(げんきんなやつです)
「*over the rainbow
虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる
いつか星に願う
目覚めると僕は雲を見下ろし
すべての悩みはレモンの雫となって
屋根の上へ溶け落ちていく
僕はそこへ行くんだ
虹の向こうのどこかに
青い鳥は飛ぶ
虹を超える鳥達
僕も飛んで行くよ」
over the rainbowをラストに持って来るとは憎い演出ですねっ!ウクレレが又良く合ってましたねぇ~歌詞をを見ると本編との絡みが意味深で考えちゃいますねぇ~、前回、前々回はパレーツオブカリビアンの撮影で忙しかったのだろうと言う事で・・・
PS ケリーリンドクイストはCCの撮影関係者らしいですねっ急死されたみたいですねっ!
Sky Net
「ミスター・ウイルソン」
カクテキさんRe有難う御座いました。
この物語のストリーは一言で片付けられる程単純な問題では無く奥が深いと思います、切り口によっては多種多様な見方が出来る、「延命の拒否」と同じ様な問題ではないかと考えられます、当事者と言う切り口で見れば「もう疲れた楽にして欲しい」だろうし、親族と言う切り口にすれば「それでも生きていて欲しい」であろう、だからこの問題に正解等何処にも無いのかも知れない、見た人それぞれが判断する事が正しい選択で有ると考えます、積極的にコリンの命奪う実行行為に出た訳では無いのですが現世の柵では「密必の故意」に問われれば間違え無く法と言う尺度では有罪でしょう、しかし人の道としてこれ以上の苦痛は見るに耐えられずと言う尺度では果たして有罪でしょうか?これに対する答えは人それぞれでは無いでしょうか?。
抽象的な答えにしか纏められないですが、本当の幸せって何ですか?それは何処に在るのですか?虹の向こう側に在るでしょうか?一生懸命真面目に生きれば幸せに成れるのでしょうか?人は何の為に生きるのでしょうか?。
この「ミスター・ウイルソン」を見た後に「輪廻転生」と言う言葉を思い出しました、ネイサンが「輪廻転生」を知る筈も無いのですが、仏教の事をスティーブン・セガールにでも聞いてくれば少しは浮かばれるかな?
*監督はチャリー・シーンの兄Emilio Estevezでしたか中々やるねぇ~、パパ マーティンもお喜びでしょう、ところで今日の「CSI NY」ヴァレンズが出てました日本のテレビでは大人の事情であり得ない事ですが・・・
Re:Sky Net さん
特別な状況を提示され、それだけでストーリーを上げ底感で見てしまったような気もしましたが、Sky Netさんにもお墨付きをいただけてよかったです。
コリンを引き取れなかったのにできなかったネイサンというのが印象的だったように記憶しています。
つらい現実で生かすことが正しいことというのには胸が痛みます。
ケリーリンドクイストさん、
放送時の記憶はないのですが、ラストにメモリアル~とあったのでしょうか。
IMDbで名前を探しました。
スタッフ(衣装さん?)のお一人でしたね。
IMDb見たついでに発見しましたが、この回の監督はEmilio Estevez でした。
「ありがとう」の意味
Sky Net
Re:「ありがとう」の意味
私もコリンはすべてをわかっているかのようだと書いてますね。
これがこうだからとか筋立てた考えでなく、大切にしてくれたうえに、自分にも大切な人だったネイサンとの関係がここで変わってしまう(終わってしまうかな?)ことを感じ取っていたのかもしれませんね。
「サラに頼まれたのか」は記憶にありませんが、言葉があってもなくても同じ気持ちだったのでは…と推測されますね。
せっかくなのに、細かいところを覚えていなくて申し訳ありません。
「○○の人」ではなくて、役名も書いておくべきだったなあと後悔しております(笑)。